03 旅の余白

お茶が喉や心を「うるおす」ように、

普段の生活の場面でも

心を「うるおす」場面が

生活のあちこちにありますよね。

熊本在住のエディター福永さんに

「心までも うるおす 身近な出来事」について

エッセイを書いていただいています。

どうぞお楽しみください!

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エディター・福永あずさが、「うるおす生活。」について綴るエッセイ。

03 旅の余白

思えば、ひとり旅ばかりしてきた。

いまも信州の旅を終えて戻ってきたばかりで、この原稿を書いている。
「りょこう」ではなく「たび」と言い換えてしまうのは、どうしてだろう。

 

私が旅行をたび、として意識し始めたのは、自分の意思だ。
修学旅行や家族旅行のそれとは違い、
知らない街を選んで、ひとりで歩く楽しさを知ってからかもしれない。

 

職業柄、たぶん、たくさんの「はじめて」に出合ってきた。
これからもきっとそうだろう。

 

それでも、ふるさとから離れて出合う「はじめて」は本当にスペシャルだ。
なるべく手垢のついてない情報がほしくて、
旅に出るときは、ガイドブックのたぐいはいっさい見ないことにしている。
(こんな仕事をしているのにもかかわらず)

 

時には宿泊を延長したり、旅先で宿泊先が変わることだってしょっちゅう。
気になっていたお店に向かっている途中で、
ぐるんと方向転換をして横道に入ることもある。

どこに行こう、なにを食べよう、どんな風に見よう。
その舵とりを、瞬間の気持ちに任せたいから。

大事にしているのは余白だ。

 

旅先ではだいたいレンタカーを手配するので、
まず1時間くらい車を走らせる。

その街の空気を、思い切り吸い込む。

 

 

見たことのないものに触れる。

感じたことのない感情が生まれる。

初めての出会う人たちの笑顔。

何気ない会話と、またどこかで、のフレーズ。

この澱みない瞬間の連続が、心地いい。
幸運なことに、結婚後も、ひとり旅ができるチャンスに恵まれている。
(そしてそれは今も続いている…!)。

行き先も告げず、宿泊先も教えずに、ふらりと出かけてしまうものだから、
結婚当初は夫にとても困惑されたものだ。

 

まだ出合ったことのない美しい日本をさがしたい。

 

口にするとちょっと恥ずかしくなるので、
あえて誰かに話すことはなかったが、

たぶんこんな想いがずっと根底にあって、
海外ではなく、日本を歩くことを選んできた。

春。宮城県の静かな海を見て涙したこと。
夏。和歌山県の果てみたいな場所にある温泉で、将来を考えたこと。
秋。長野県の秘境で、見たことのない色の川に触れたこと。
冬、石川県で寿司屋を営むおじいさんに、朝の市場に連れていってもらったこと。

新潟県のちいさなカフェで食べたミルク色のジェラート。

宮古島ではしごしたゼリーみたいな海。

島根県の灯台。鎌倉のあじさい。雨降る岩手の峠。

 

「とくべつなふつう」が日本のあちこちにはあって、
たった数日間の旅ではそのひそやかな営みを
のぞき見するくらいしかできないけれど、

それでも、やめられない。

だって人生は短いから。

なぜ皆もっと外に飛び出さないの?

そんな風にも思ってしまう。
(とくに旅を終えたばかりのときは)

 

秋の信州旅では、最終日にゲストハウスに宿泊した。

国宝である善光寺さんのすぐそばにあるゲストハウス。

長期滞在の中国人観光客から、出張中のサラリーマン、60歳を超えたおばあちゃんまで。

みんなが、それぞれの、旅の途中だった。

 

夕食を終えて、ラウンジといわれる1階フロアでコーヒーを飲んでいると、
外国人の男性がちょうど帰宅してきたところだった。

彼はフランス人のジャズギタリストで、ツアーで長野県に来たと話してくれた。

 

こんばんは。

どんな音楽を聴くの?

今のギターは何年使っているの?

九州はどんな場所?

 

 

短い時間だったが、片言で会話をくりかえした。
中学生レベルの英会話でも何とかなるものだ。

彼が、ピアニストである日本人の奥さんとリリースしたばかりだというCDを購入した。

 

アルバムのタイトルは

Lucky to be me

わたしでいられて良かった。

 

 

旅のおわり、最高のプレゼントをもらった気がして、

うれしくてしょうがなかった。

 

 福永あずさ(エディター・ライター)

1984年宮崎県生まれ。大学進学を機に熊本へ。 
タウン誌の編集部を経て2014年からフリーランスへ。 
熊本を中心に、編集・ライティング・コピー、(ときどき写真) の仕事に関わる。
趣味は一人旅で、今いちばん興味があるのはドラム。 カメラマンの夫と茶トラの猫(♂)と古いアパートに住む。