02 胡蝶蘭の着物とパール柑

お茶が喉や心を「うるおす」ように、

普段の生活の場面でも

心を「うるおす」場面が

生活のあちこちにありますよね。

熊本在住のエディター福永さんに

「心までも うるおす 身近な出来事」について

エッセイを書いていただいています。

どうぞお楽しみください!

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エディター・福永あずさが、「うるおす生活。」について綴るエッセイ。

 

02  胡蝶蘭の着物とパール柑

着物 万能茶お笑いコンビ“カラテカ”の矢部太郎さんが、
自分が住む家の1階に住む「大家のおばあさん」
との実話にもとづくエピソードを
つづったコミックエッセイ
「大家さんと僕」がベストセラーになっている。

読んでもらうとわかるのだが、
「本当に今の時代の話なんだろうか…」
と思うくらい、読めば読むほど、
遠い世界の物語のように感じられる。

だって大家さんは、いわゆる
「家を管理してくれる人」で。

私たちは、隣に誰が住んでいるかも
わからない時代を生きているから。

だからこそ、
上品でチャーミングな87歳の老婦人と、
主人公の「僕」との交流は読む人の心をうつ。

家族でも恋人でもないその関係が、
いつまでも続いてほしいと思わずにはいられない。

 

私の家族は、夫と茶トラのネコ1匹。
木造35年を超す古いアパートに住んで
3年目を迎えるが、矢部太郎さんと同様、
同じ建物内に「大家さん」が住んでいる。

大家さんは6階で、私たちは7階。
うちのアパートは1階が着物屋さんになっていて、
大家さん夫婦は、昼間は大抵そこにいらっしゃる。

たまにのぞくと、
ほとんどテレビを見て過ごされているか、
うたた寝をしている。
ごくたまに来客される方に着物を着付けたり、
見立ててあげたりしている。

 

私が住んでいるところは中心市街地に近いところで、
大家さん夫婦は、いい意味でハイカラな方々だ。

いつもしゃんと背すじを伸ばして歩かれていて、
おじいさんはたいてい衿付きの洋服を着ているし、
おばあさんは、どんなに朝早くても紅を
きちんとひいてらっしゃる。

大家さん夫婦は猫を愛していて、
迷い猫にすぐ餌をあげるもんだから、
駐車場にはいつも
大きな猫が何匹もいて、
甘えた声を出したり、お腹を出して寝ていたりする。

先日、大学時代の友人の結婚式があった。
大切な友人だったので、披露宴に着物を着て
出席したいと思っていたが、私は着付けができない。

また、着物も借りないといけないので、
正直どうしようかなぁと迷いはじめていた。
夕飯の買い物に出かけるとき
ふと1階の看板が目に入った。

「頼んでみようかな…」

若い人に着せるのは久しぶりだと、
どことなく弾んだ声でOKしてくれた。

当日の大家さんはこれまで見たことないほど
俊敏な動きで、しゅるしゅると私の身体に紐を巻き、
細い腕で力強く帯を巻いた。

「あなたらしいかなと思って」

と見立ててくださったのは、紺と緑がまじった生地に
筆書きの胡蝶蘭が描かれたもの。
当日は残念なことに大雨で、着物用の雨コートも貸してくれた。

私は着物用の雨具があることを初めて知った。
もちろん式の間は崩れることもなく、
会場での評判もすこぶる上々。

式が終わったあと
花嫁とこんなLINEのやりとりをした。

 

 

「着物すてきだったね」
「大家さんやっぱり上手だったよ。頼んで良かった」
「オオイエさん? どこの会社に着付け頼んだの?」
「いや、オオヤさんだってば」
「誰?え?」。

 

 

大家さんは、着物代も着付け代も、
受けとってくださらなかった。

せめてと渡したのは、
前日に取材で訪れた上天草市で購入した
大きなパール柑3つ。

家族ではないし、ただの知り合いというのも、
ちょっと違う気がする。

それでも私たち夫婦は、
今まで住んだどのアパートより、
ここでの暮らしを気に入っている。

 

 

福永あずさ(エディター・ライター)

1984年宮崎県生まれ。大学進学を機に熊本へ。 
タウン誌の編集部を経て2014年からフリーランスへ。 
熊本を中心に、編集・ライティング・コピー、(ときどき写真) の仕事に関わる。
趣味は一人旅で、今いちばん興味があるのはドラム。 カメラマンの夫と茶トラの猫(♂)と古いアパートに住む。